IR Theoretical Institute 'Biogeochemical interaction at deep-sea vents'

Woods Hole Oceanographic Institution, USA, September 10-14, 2007

東京薬科大学・加藤真吾


 2007年9月10日から14日にかけて、アメリカのウッズホール海洋研究所で行われたInterRidge Theoretical Institute ‘Biogeochemical interaction at deep-sea vents’というシンポジウムに参加してきた。このシンポジウムはタイトル通り、海底熱水系における生物と地球化学に関する研究が主な話題だった。海底熱水系の微生物を研究している自分としては、異なる分野の最先端の話が聞ける絶好の機会であったため、期待に胸を膨らませてシンポジウムに臨んだ。ウッズホール海洋研究所はアメリカの東海岸に位置し、比較的ボストンから近いところにある。自然の豊かな場所で、片田舎という表現がぴったりだ。この時期は、気候も日本の秋という感じで、非常に過ごしやすかった。かくして、各国の熱水系研究における各分野のスペシャリストが集まり、5日間のシンポジウムが始まった。現在、自分は微生物に偏った知識をもっており、地球化学に関しては素人である。そういった立場の学生の視点として、今回のシンポジウムに参加した感想を書くことにする。

 細かい話はともかく、今回のシンポジウムで最も印象に残っているキーワードは、「in situ」と「flux」である。「in situ」は読んで字のごとく、「その場所」だ。「その場所」の何が知りたいのか。すべてである。すなわち、温度、pH、電子供与体と受容体となる化学物質、微生物の存在種とその代謝産物、などなど、すべての生物地球化学成分の現場測定を、異なるスケール(μm〜km単位)で行うことが必要とされている。深海底という人間にとって非常にアプローチしづらい極限環境で、いかに高解像度でin situ分析ができるかが今後の課題であろう。もう1つのキーワード「flux」についてだが、熱水は絶えず変化する。温度も、pHも、化学成分も、熱流量も、そして微生物も。熱水の「flux」は微生物活動とは切っても切れない関係にある。自分は、「微生物を含めた海底熱水系全体のモデル化」が、このシンポジウムに限らず、熱水研究における1つの究極目的だと思っている。この目的達成には「in situ」と「flux」が最重要課題だと感じた。すなわち、この課題をクリアしたとき、「海底熱水系全体のモデル化」に一歩近づくことができるのだろう。

  1日目から3日目までは、各分野の代表者によるレクチャーと、workshopの紹介を含めた発表が行われた。発表内容は、地球化学、微生物、大型生物までに及んだレビュー的なものであった。ほぼすべての発表に共通する話題は「in situ」と「flux」であったが、特に印象に残っている発表が2つある。1つ目は、Karen L. Von Damm博士の“Composition and variability of hydrothermal fluid source”というタイトルの発表である。熱水の構成成分を決定づける要因について、これまでわかっていること(二相分離、水?岩石相互作用)、まだ不明確なこと(マグマ性ガスの寄与、微生物活動)についての話だった。特に、水が海底面に侵入して熱水となって出てくるまでの滞在時間による化学成分の変化は非常に興味深かった。つまり、時間経過に伴って、同じ熱水孔から出てくる熱水でも化学成分が変化することを意味する。微生物生態系にも影響を与える要因の1つであろう。2つ目は、Wolfgang Bach博士の“Geochemical diversity of hydrothermal systems: Thermodynamic constraints on biology”というタイトルの発表である。前述のVom Damm博士による発表の水ー岩石相互作用について、より細かく説明した発表だったと思う。岩石の種類とそれに伴う熱水成分の話から始まり、後半は、熱水成分を用いた生物のエネルギー獲得について熱力学的な面からの説明がなされた。すでに論文として公開されている話なので詳細は示さないが、微生物地球化学に関する知識が乏しい自分としては、非常に勉強になった発表だった。一種類の微生物に関する研究ならともかく、生態系の話をする場合、微生物だけでなく地球化学の知識もないとまったく的外れな議論をしかねないと痛感させられるレクチャーであった。

 4、5日目は、テーマに分かれてworkshopが行われた。自分は“Life in extreme environments: strategies and adaptations”というテーマのworkshopに参加した。司会はMargaret K. Tivey博士で、他にJames F. Holden博士とStefan M. Sievert博士の3人が中心となって話は進んでいった。学生と思われる若い方も積極的に議論に参加していた。自分は一言二言しか発言できず、非常にもどかしい思いをした。国際会議に参加する度に感じるが、とにもかくにも英語は必須だと実感した。聞き取りと発言を意識して英語を勉強せねば。話の内容は、解析対象は何か、なにを解析するか、どうやって解析するか、各問題点はなにか、についてであった。ここでもやはり、「in situ」と「flux」がキーワードであった。具体的な例として、チムニーがよく話にでてきた。チムニーはサンプリングの際、必ず海水に被曝しながら数時間かけて船上に引き上げられる。その間、当然温度は下がり、微生物活動も変化する。真のチムニーの姿を知るためには現場分析が欠かせない。チムニー内部の温度を現場で測定する、現場培養器を用いる、現場でチムニー全体を固定する、現場細胞計数 や 現場FISHはできないか、など活発に議論されていた。チムニー同様、すなわち海底下における現場分析も話にあがった。チムニーにしろ、海底下にしろ、熱水と海水が混ざり合う場所が議論の焦点であった。そして、その場所における「flux」が微生物活動にどう影響するか、などの意見が求められた。議論の中で特に具体的な解決策を見いだすことはされず、終始やりたいことが列挙されていった。微生物の単離培養もやりたいことの1つであった。Life in extreme environmentsに関係する研究で必要とされていること、すなわち、まだ解決できない問題が明白となったworkshopであった。

 このシンポジウムを通して、諸外国の研究者と実際に接することができたことは本当に刺激的であった。それにもまして、高井博士や上野博士をはじめ、日本からの参加者と、科学に関して極めて刺激的な話ができたことを幸せに思う。間違いなく、自分の研究人生において、貴重な時間になった。

 最後に、このような機会を与えてくださり、なおかつ資金援助までしてくださった海洋研究開発機構の高井博士と、今回の海外出張の始めから最後までサポートしてくださった向後様に、心から感謝したい。