IR Theoretical Institute 'Biogeochemical interaction at deep-sea vents'

Woods Hole Oceanographic Institution, USA, September 10-14, 2007

東京大学海洋研究所・川口慎介


 私がもっとも印象深く感銘を受けたのはDr. Bachの講演であった.氏の講演は,地質学的な背景をもとにしたマグマの性質,マグマの性質を反映した特徴的な組成を持つ熱水化学成分,噴出する熱水の化学物質をもとに構築される微生物・生物生態系という一連の生物地球化学プロセスについて,一貫して熱力学的視点から論じていた.生物活動・熱水化学組成・地質背景は互いに密接に関係しており,その一部のみを切り取り熱水活動の周辺で起こる様々な事象を論じることは到底できないことを実感した.また,私の対象としている気体成分の地球化学が,地質背景と生物活動を結ぶ極めて重要な分野であり,詳細な研究が求められていることも改めて認識させられた.

 Dr. Bachの講演と同様に,Dr. Takaiの講演も一連の熱水活動を大局的に捉えており,興味深いものであった.Dr. Bachの講演が熱力学的視点を用い熱水活動を「読み解く」ものであったのに対し,Dr. Takaiの講演は,還元的な溶存化学種であるH2(水素ガス)に注目し,マグマジェネシスを基にしたハイドロジェネシス,それに引き続き起こるメタノジェネシスなどの代謝活動による微生物生態系の構築・維持までを包括的かつ予見的に論じていた.

 その他の講演では、Dr. Lutherの開発したボルタメトリ式マイクロセンサによるミキシングゾーンでの物理化学分布の観測と、そこから考察される生物活動の議論が中心だったように思う。これらの分野は私の専門からは少し離れており、これまでの研究の軌跡が不明で,全体を通して何を目的とした研究なのかが把握できなかった.

 マイクロセンサ観測により判明した、物質交換を伴わない、熱伝導によるT-pH関係の単純二成分ミキシングからの差が複数の講演で話題となっていた。この現象を捉えたことはひとつの重要な研究成果であると思うが、一方で、そのデータをもとに生物活動の議論を発展させるのはどうなのだろうか。地質背景の違いに付随する噴出熱水端成分の温度やpHは各熱水において比較的安定かつ均一であり、生物生育条件の一次ファクターであり、微小環境でのミキシングの程度や熱伝導は、不均一で不安定で、生物相が繁栄する時間経過の中で変化しうる二次的なファクターではないか。

 Dr. Germanの講演では熱水プルーム観測を通しての、全球の熱・物質収支について議論がなされていた。非保存性成分、たとえばCH4やMnの、かなり海水端成分に近い組成から熱水端成分へと外挿してフラックスを求めており、いささか怪しいような感じを受けたが、全体を通してクリアな展開であり、熱水プルーム観測が熱水探査以外にも役に立つ有用な地球化学的な手段であることを実感できた。

 WG1では,熱水プルーム中で注目して観測を行うべき成分についての議論が行われ、1時間にわたって行われた議論の結果,He・pH・MnからATP・CellCount・懸濁粒子鉱物組成に至るまで,思いつく限りの成分が提案されたが,「その中で特に何が重要か」といった議論はまったく行われず,次第に次の議題へと話が変わっていった。

 WG5では最新の熱水センサーについて,それぞれの開発研究者による紹介があり,今後のWISH LISTの作成が行われたが,温度・pH・H2Sなど様々な物質を対象とし,0-400℃のレンジで使用可能で,mmスケールの分解能を持ち,多成分同時センシングが可能なセンサーの開発への期待が述べられていたが,誰もが「WISH」の域を出ないことを認識しながら足踏み的に時間を消費していく議論であった.

 WGディスカッションがこのようなものであることを実感できたこと,英語での議論を集中して聞くことで次第に英語が理解できるようになったことは数少ない収穫であったように思う.

 全体を通じて、世界の第一線に触れることができたことが収穫であった。そして、世界の先端研究とは言え、さほど遠いものではなく、むしろ自身も同列にいると感じた。また、国際シンポジウムであっても、その辺のゼミのように一部の人間だけが発言し、身があるのか無いのかわからない議論が展開される点も、興味深かった。

 今回は各国の大学院生の参加が目立ったが、彼らには言葉の壁が無く、私と同じ講演を聞いていても、より理解しているように思え、「これから競っていくべき相手と、言葉の壁なんていうくだらないことで議論が出来ないようではいかん」、と痛感した。一方で、会期の後半には徐々に英語でのコミュニケーションもとれるようになっており、上達にはやはり場数が大事だと感じ、今回のような機会を利用しておおいに外へ出て行くことが重要だと思った。

 今回の参加に際し,物心両面でサポートをしていただいたJAMSTEC高井研PDと向後毅氏に感謝を申し上げる.また、私と同様に日本から参加し,ポスターの準備やバスの手配などを気遣ってくれた東京大学海洋研究所の山岡香子さん,積極的にコミュニケーションを試みる姿勢で私を励ましてくれた東京薬科大学の加藤真吾くん,寝食を共にした北海道大学の今野祐多くんの三名にも感謝を述べたい.九州大学の石橋純一郎博士の強い参加奨励のおかげで今回の貴重な機会を得ることができた。最後に、航海の準備で忙しい時期にも関わらず,1週間の不在を許し快く送り出してくれた蒲生教授をはじめとする海洋研究所海洋無機化学分野の皆様に感謝を申し上げる.

 ありがとうございました.