IR Theoretical Institute 'Biogeochemical interaction at deep-sea vents'

Woods Hole Oceanographic Institution, USA, September 10-14, 2007

東京工業大学グローバルエッジ研究院・上野雄一郎


・Vent ecosystemの多様性、基礎生産を決定する要因は何か?

 この問題に対して様々な観点からのアプローチがあり得るだろうが、熱力学的なアプローチはすでに10年前、Everett Shockとその弟子であったTom McCollomによって基本的な考え方が出され、今でもそれを凌ぐコンセプトは出されていないことがよく理解できた。これは初日のMargaret Tiveyのレクチャーをはじめとして、何度も引用された通りであって、熱水海水を混合したとき、ある温度で生物に利用可能な自由エネルギーを各レドックスカップルについて求めると、そのエネルギー代謝による基礎生産の上限が決定できるという物である。彼女のレクチャーではもちろん、熱力学データベースが不完全であるとか細々した問題について課題が指摘されていたが、それはむしろ重箱の隅であって大枠は10年前から変わっていないとの印象を受けた。

 McCollom&Shock(1997)のモデルは熱水組成を与えるところから始まるので、そもそも熱水の化学組成が何によって定まるかは問うていない。そこでこのモデルを拡張して各地質学的セッティングの違いを生態系の種類にまで結びつけて美しく説明して見せたのがWolfgang Bachのレクチャーであった。すなわちUltramafic(蛇紋岩熱水), mafic(中央海嶺), felsic(島弧・背弧)のそれぞれについて相平衡計算から熱水の組成を求めてこれをMcCollomモデルに入力するわけである。するとおおざっぱには超塩基性岩熱水系では水素酸化・メタン酸化が支配的となり、母岩が酸性化するにつれ総生産は低くなり、島弧熱水ではむしろ鉄酸化・硫黄酸化が支配的となることが予想される(というか、そういう観察事実が岩石の違いで説明できる)。見方を変えると基礎生産は水素量に最も支配されることになり、水素濃度が減るにつれて生態系も変わって行く事になる。このことはすでにKen Takaiの初日のレクチャーで熱水化学と微生物活性のデータに基づいて論じられたものとほとんど同じである。化学・微生物データと岩石・熱力学的な説明が大雑把に一致をみており、「それぞれの熱水系で生態系を支配する代謝の種類と基礎生産量」は大局的な理解に迫りつつあると感じられた。

・Mixing Zone

 一方でより小さなスケールの物質循環についてはまだ不明な点が多い。大型動物の活動するいわゆるMixing Zoneの理解は立ち後れている。Nicole Dubilierのレクチャーでは共生細菌の種類を見事に可視化するなど微生物学的なツールは格段に進歩しているが、一方でMixing Zoneの化学は空間的にも時間的にも非常に不均質であって、一体どこまで小さい空間スケールで、またどこまで短い時間スケールで物事をとらえたら良いかも定かでないという問題が提起された。この問題に光を与えると同時に、いかに時間空間的に不均質かを示したのがGeorge Lutherらが講演したマイクロセンサーである。こんなに化学的な不均質があるとすると今後ミキシングゾーンの研究にマイクロセンサーは不可欠と言わざるを得ない。

 ただし、際限なく分析の空間分解能を小さくしても永遠に物質循環の問題は解けないだろうという予感もした。結局は全体としての物質収支の問題に立ち返るわけで、それであるなら細胞スケールまで小さくせず、先ずはもう少し大きな空間での平均をとらえる必要があるであろう。こうした解析を行うには安定同位体がもっとも有効なツールと思われるのだが、今回のシンポではisotope geochemistryがすっぽり抜け落ちていた感がある。

 またセンサーのもう一つ重要な点は、その場分析ができることである。現場で分析する事により、船上で回収するまでの間に減少してしまう非保存成分の理解が深まると期待される。例えばLutherによって示されのはチオ硫酸のその場分析で、Lau Basinのある場所に至ってはH2Sの3倍以上の濃度で存在している事が報告され衝撃を受けた。

・その他

 Katrina Edwardsの講演にあった鉄酸化細菌が作る特有のstalk構造をしめすprotoferrihydriteは物質的な証拠から代謝活動を検知できる可能性を秘めているし、Chris Germanが明快に示したプルームフラックスの解析などその他にも興味深い話題があった。またStefan Siefertが提起したvent ecosystemの炭素固定がCalvin-cycleなのかrTCAなのかという問題も興味深かった(それなら炭素同位体にもっと言及すべきだったが無視していた)。これらの面白い点についてはやる気に満ちあふれて参加した日本の学生がおそらく詳報するであろうから、詳細は彼らの文章に譲る事とする。

 ちなみに大学院生が資金援助を受けてこのような集会に参加することは、日本の研究レベルの将来に取って非常に大きいと思われるので今後も続けていただきたい。また教官レベルの立場からすると次の人材が誰なのか一目瞭然となるので恐ろしいとも言える。

 それにしても、私のような幾分他分野の人間よりももっと率先して参加すべき日本人研究者は多いと思われるのだが気のせいだろうか? 私はこの手のワークショップに参加するのは初めてなので、統計的には今回がたまたまという可能性が残った。だが、あと数回同じ感想を持つようであれば大いに問題があると結論せざるをえない。