日本地球惑星科学連合メールニュース 12月号 No.318 2018/12/10
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└■ 1.巻頭言
公益社団法人日本地球惑星科学連合 会長 川幡穂高
今年も1年が終わろうとしています.連合大会では期間中の保育にも力を入れてきました.2018年には会場内に部屋を確保して保育ルームを設置し,2017年には近隣の保育施設にお願いして対応してきました.今後とも,小さなお子様連れの研究者が日本地球惑星科学連合大会で充実した時間をご満足いただけるよう,努力したいと思っております.
今日は保育に関係する子育てについて,興味ある事例を紹介いたします.私達は生物学的には,「賢い・ヒト」という意味の「ホモ・サピエンス」に属し,効率的で大きな脳を持っているのが特徴です.実は頭を使うには大きなエネルギー消費が求められ,完全なヒトの脳への成熟に要す時間も長く,脳は思春期の頃にようやく完成します.このことは,「大きな脳を持つ霊長類は長期間,親に頼る」ことを意味します.
もし,霊長類などで,お世話役の親が死んでしまうと,子供の死亡率は高くなってしまいます.一方,世話をしない親の死は,子供の生存率にあまり影響を及ぼさないと予想されます.生物学者Allman教授は「霊長類の父親か母親のうち,子供の世話を大いに負担する方が長生きする」という仮説をたてました.霊長類に属する大型類人猿(チンパンジー,ゴリラ,オランウータンなど)では,基本的に雌が子供の世話の大半かすべてを担っています.このグループでは雌の方がはるかに長生きし,飼育下にあるチンパンジーの場合,雌は雄より平均で42%も長生きします.猿類の研究によると,雌が子育ての大半を受け持つのが普通で,雌の寿命は雄と比べて長くなります.広大なアフリカ・アジア大陸では,雄が子育てする唯一の猿はフクロテナガザルで,ご褒美なのかもしれませんが,これは雄の寿命が雌より長くなっている唯一の類人猿です.南・中央アメリカ大陸のヨザルとティティモンキーは,雄雌が強い絆をもち,つがいで暮らします.雄が積極的に子育てし,寿命も雄が雌より長くなっています.ヨザルでは父親が死んでも母親がその子を育てないことも観察されており,子供の生存は父親の肩にかかっています.まとめると,「霊長類では,授乳で子供に栄養を与えることができるのは雌で,しかも子育てするので,基本的に雌の寿命が長くなっています」.
子育ては,多大なエネルギーを子供にかけているので,生存率を下げてしまうと思われがちですが,データはこの予想を否定しています.生存優位性の差の大小は,子供への世話の量の差に一致しています.母親がほぼ一人で子を育てる大型類人猿の場合,雌の優位性は大きくなります.ヒトの男性の子育てに対する貢献度は金銭も含めて高いですが,主たる世話係は女性なので,生存優位性(5‐8%)が見られます.昔は出産に伴う死亡があったとの指摘もありますが,この優位性は昔から変わっていません.生存優位性に関し,2つの時期に対応した要因が指摘されています:① 若年期の「危険からの回避」は,子供まで危険にさらすことを避けるために自分が危険を冒さないことを指します. ② 成人から老年期の「ストレスからの回避」は,ホルモンの分泌も含めて,ストレス軽減作用による成人病などの抑制を意味します.ストレスを引き起こす害から世話係を守る遺伝子が自然淘汰(あるいは選択)により進化したかもしれないと言われています.
イクメンが増えたと言われる現代ですが,家事・育児を主に担当しているのは,「ママ」が多いのが現状です.実際,家事・育児の1週間の合計時間は,2017年(2016年)時点で,夫は67分(54分),妻は327分(329分)です(日経).世界で13万人を対象とした調査では,1日30分の運動により死亡リスクは3割弱低下するとのことです.本格的な運動である必要はなく「家事」でも十分とのことです(Newsweek).クリスマスからお正月にかけては家族とたっぷりと過ごせる大チャンスです.最終的に皆様の幸せを増進し,寿命を延ばす家事・育児にも励んでいただければと思います.よいお年をお迎えください.