夫人 玉木くに様からのご挨拶 (2011.4.25告別式挨拶に加筆)
故玉木賢作を知る皆様へ
2011年4月5日 NYにて玉木賢策は永眠いたしました。
突然のことで未だに実感がありません。
そのうちに「ただいま」と帰って来るような気がしています。
しかし、学士会館での葬儀・告別式にお出でいただけなかった方々より
今も哀惜のお言葉をいただいておりますので
この場を借りてごあいさつ申し上げます。
「亭主元気で留守がいい」
私はずっとそう思っていました。
地質調査所に入り、調査船の白嶺丸、白鳳丸に乗り、1ヶ月、2ヶ月と留守でした。
下船してもフランスへ、ドイツへと出掛けます。
国内に於いても秋田や、九州の大学へと年間280日から330日余りも留守でした。
ですから私は、「亭主元気で留守がいい」、そう思っていたのです。
今回NYに行き、夫のアパートへ行くと、
飲みかけのワインボトルが4本きれいに並んでました。
CDも無造作に積み上げられていました。
テレビもオーディオもありました。テレビはうちのより大きかったです。
スタンド式のアイロン台もありました。
ニューヨーカーという雑誌もありました。
もちろん、ニューヨークタイムスもありました。
聞くところによりますと、夫の週末は、
あそこのライブハウスへ行こう!次はこっちのJAZZスポット。
おいしい店を見つけると仕事仲間と食べに行くなど、快適な暮らしぶりのようでした。
もちろん仕事は大変厳しいものでした。
しかし、できる男はちがいます!!
ONとOFFを切り替えて、NYの街を、マンハッタンの通りをさっそうと歩いていたようです。
私はこの話を聞いて、とても嬉しく思いました。
仕事の重圧で悩んでいるのではないかしら?と心配していたからです。
ですから楽しそうな夫のNY生活を聞いて、本当に嬉しかったのです。
こんな川柳があります。
「背丈まで伸びた気がする妻不在」
妻の不在で背丈をグングン伸ばしてNYを楽しんでいたと思えば、
妻の気持ちは少し楽になります。
しかし、今となれば、仕事が潤滑に進むための配慮もあったのではないか?
仕事仲間の方々が、「過労だったと思います」と異口同音に仰っておりました。
3月11日、早朝。
夫は成田を出発しました。
地震のことは飛行機の中で知ったそうです。
自宅へ電話してもケイタイをかけてもつながらない。
のちに風評被害も出て、食料がない、水がない。
スーパーマーケットで妻がカップラーメンを争奪して
買うことはできないだろうと心配しました。
NYからお米と缶詰、そして猫用の食事も送って来ました。
荷を開けて、笑ってしまいましたが、とても嬉しかったです。
3月31日、未明、4時43分。
NYの外務省、葉室先生から電話があり、
夫の玉木賢策が国連でスピーチをしている時、
背中の痛みを訴えて救急車で搬送。
動脈瘤の手術をする。ということでした。
私はすぐにNYへ行きました。
解離性動脈瘤の手術を終えた夫は、
まだ少し麻酔が効いていましたが意識はしっかりしていました。
普段、私は夫を「玉木クン」と呼び、夫は私を「くにちゃん」と呼びました。
「玉木クン、くにちゃんが来たよ!!」
夫は大変嬉しそうな表情をしました。
それから毎日病院へ通いました。
「先生がどんどん良くなってるって言ってるよ。スゴイ回復力だって!
だからもう少し頑張ると日本に帰れるって。
日本に帰ろう!くにちゃんと一緒に日本に帰ろう!」
私の言葉に夫は何度も頷きました。
私は執刀医ドクターホフマンにこう言いました。
短い間でしたが、私の夫玉木賢策を生き返らせてくれてありがとうございます。
あなたの神の手があったからこそ、私は夫と意志の疎通をはかることができました。
仕事中のこととはいえ、国連の方々や大使館、外務省の人達の
適切な判断によって救急搬送され、手術が行われたのです。
もしも、夫が帰宅したアパートで倒れたとしたら、
私はNYの外務省葉室先生からもっとも残酷な言葉を聞かなければならなかったでしょう。
ですから、短い間でしたが、話ができて良かったと思っています。
帰国に際しても困難がありました。
しかし、大使館の皆様、外務省の方々の不眠不休のご尽力によって、
4月11日、私は夫玉木賢策の遺骨をひざに抱いて帰国することができました。
そして今日、4月25日、学士会館で皆様ご多忙の中お集まりいただき
葬儀が行われていることを深く感謝申し上げます。
このあと、献花があります。
花一輪手向けて、玉木とお話ししてください。
そして玉木賢策との思い出を深く心に仕舞って
皆様が大きく大きく羽ばたきますようお願い申し上げます。
追伸)
皆様からいただいた温情をしっかり受け止め、
残された者として 雨ニモ負ケズ 風ニモ負ケズ
しっかり生きて行かなければならないと思っています。
後日、玉木賢策の死亡にあたり、叙勲(従四位)を賜りました。
叙勲にあたりお力添え下さいました東京大学の先生方、および関係者の皆様に
心からお礼申し上げます。
玉木くに